砥部焼の歴史は?(4年生)

2026年1月20日 08時00分

 1月15日()1時間目に、4年3組の公開授業を行いました。本時は、単元「伝統的な産業のさかんなまち砥部町」の2時間目です。ねらいは「砥部町の焼き物はどのようにつくられ受け継がれてきたか、資料を元にして調べまとめ話し合う。」としています。

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 まず、「資料①砥部町の歩み(本文)」に着目しました。ここには、砥部焼づくりがさかんになった理由4つ(A原料の陶石があったこと・B登り窯がつくりやすい地形であったこと・C水を利用した水車があったこと・Dねんりょうの木を取りやすかったこと)が示されています。ここで、「根拠をもとにした学習活動」にするために、子どもたちの「なぜ?」を大切にしました。

 Aでは、「陶石はどこにあるの?」と発問すると、子どもたちは、前時にも見た「資料②愛媛県砥部町の風景(動画)」から、陶石は山にあることを発見しました。Bでは「登り窯がつくりやすい地形は、どんな地形?」と問いました。その答えは、「資料③焼き物を焼く登り窯(写真)」と「資料④砥部町の土地利用の割合(グラフ)」にあります。子どもたちは、写真から登り窯は、斜面を利用してつくられていることを発見し、前時のグラフから砥部町は山林が多かったことを思い出しました。Cは、「資料④砥部焼の歴史(年表)」に答えがありました。「水車は何につかうの?」と問うと、「1851年 砥部焼の川沿いの川登地区で水車を使って陶石をくだきはじめる。」を発見しました。Dでは「たき木は何に使うの?」と投げ掛けました。「資料⑤まちのようす(写真)」には、煙突があることから「砥部焼はたき木をねんりょうにして焼かれた焼き物」と、答えました。

 ここまでが授業の冒頭です。

 授業の後半では、子どもたちの調べ学習に移ります。「砥部焼はなぜ有名になったの?砥部焼の歴史から見付けてみよう。」と投げ掛けました。「個人での調べ学習(10分)」→「グループでの練り合い高め合い(5分)」→「全体でのまとめ(5分)」の中で、子どもたちは次のことを発見します。

 外国との関わりとしては、中国に輸出されるようになったこと(1885年)、シカゴ世界博で1等賞をとったこと(1893年)、砥部焼の地球儀がスイスにある国連本部に設置されたことの3つです。国内の様子に目を向ける子どももいました。国の伝統的工芸品に指定された(1976年)と県の無形文化財に指定された(2005年)です。砥部焼まつりがはじまる(1984年)ことは、砥部焼のPRにつながるという発表も見られました。

 このような子どもたちの姿は、「学習問題について多面的・多角的に思考・考察する姿」と言えます。 

 次は、A児の社会科日記です。「砥部焼は、砥部町の地形を生かしてつくられていて、長い歴史の中で、有名になった。」問題解決的な学習過程を展開すること、児童の意識の流れを大切にした資料提示、発問は、児童主体の学習につながると分かりました。

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