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2013年11月13日(水曜日)

森盲天外物語8

カテゴリー: - hp-admin @ 11時47分02秒

連載 

森盲天外物語8 

−俳句をつくる−

 恒太郎は、政治に力をつくしたり、会社を作ったりする一方で、

俳句にもすぐれていました。明治26年8月恒太郎は、

「はせを影(ばしょうかぜ)」という俳句の雑誌を出しています。

その中で、恒太郎は三樹堂孤鶴(さんじゅどうこかく)と名のり、

俳句やその考えを載せています。

その後、正岡子規について学び、

「天外」という俳句の号をつけてもらいました。

後に、目が見えなくなって「盲天外」と名乗りました。

次のような俳句をつくっています。

 

 夕晴れの鮎落ちつるらん石手川

 伊予と申す国あたたかいいで湯わく

 

 明治35年に東京の根岸で病気のため養生をしていた

正岡子規を見舞いました。

その後、子規がなくなったのを大変悲しみ、

 

 君逝いてわれ三年の花を見ず

 

という俳句をつくりました。

SKMBT_28313111311320.jpg

「はせを影」の表紙

 

子規.jpg

君逝いてわれ三年の花を見ず

SKMBT_28313111311330.jpg

 

参考文献

えひめこどものための伝記第3巻(愛媛県教育会発行) 

       我が村(青潮社出版部発行) 

         一粒米(青葉図書発行)

       わたしたちの余土・余土百年のあゆみ(松山市立余土小学校発行)

挿絵:出典

 えひめこどものための伝記第3巻(愛媛県教育会発行)


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