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学校紹介

2013年10月17日(木曜日)

森盲天外物語3

カテゴリー: - hp-admin @ 18時04分40秒

連載 森盲天外物語第3回

少年期編

−新しい時代に学ぶ−

そのころ、余戸には、松山藩で教えていた横田万次郎先生が、

寺子屋を開いていました。

恒太郎もそこで、習字や本を読むことを学びました。

明治5年、日本の子どもたちが学校で勉強するきまりができました。

余戸にも明治6年に「曙小学校」という学校が建てられました。

村の子どもたちは、男子も女子もそこ通って勉強しました。

恒太郎も友だちといっしょに学びました。

2年間、曙小学校で学んだ後、二番町にあった勝山小学校に

通うことになりました。その小学校は、もと武士であった家の子が

多く学んでいました。余戸から5キロの道のりを

雨の日も風の日も通いました。ここで、2年間勉強した後、

明治10年に愛媛県変則中学北予学校に入学しました。

この北予学校に、恒太郎は友だちの森忠太郎といっしょに入学しました。

14才の恒太郎は、豊かな知恵といろいろなことを感じとる

心の強い少年でした。東京から来られていた草間先生の教えに

耳をかたむけ、熱心に勉強をしました。

ところが、草間先生が、明治12年に東京に

帰られることになりました。生徒たちも松山の人たちも別れを惜しみました。

何と、明治13年、草間先生を追うように、

恒太郎も東京に行って学ぶことになりました。


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